中空な地球
HOLLOW EARTH
 
 

 一つ目の巨人の洞窟の中に掘られた大陸の地下部分、大聖堂のような空間のフラクタルなネットワーク、迷宮じみたガルガンチュアの地下通路、緩く流れる黒色の地下水脈、清く澄み微かに発光している静まりかえった黄泉、水に打たれ円くなった石に打ちかかる細い滝、洞窟探検家を戸惑わせる盲魚のような複雑さと不可解な広大さへと、鍾乳石と石筍でできたペトリファイド・フォレスト公園のあちこちで流れ落ちている……ポーによって、さる精神分裂症のドイツのオカルティストによって、シェーヴァー[Richard Schaver、アメリカのSF作家]派のUFOフリークたちによって予知されていた氷の下のこの中空な地球を、誰が掘り当てるのだろう? 地球はかつて、ゴンドワナ期あるいはムー大陸の時代、「古代人種」により植民地化されていたことがあったのだろうか? そして、彼らの爬虫類的骨格は、その洞窟システムの至高で秘密の迷宮のうちに未だ型どられているのであろうか? 穏やかな静水、行き止まりの運河、リトル・アメリカや「貿易都市」、あるいはナン・チ・ハンのように、文明の中枢から遠く隔たった淀んだ水たまりが、藻や白子の羊歯が茂った南極の洞窟の奥底へ、未知の深みへと注ぎ下っている。我々は、突然変異したものたち、両生類の水掻きを備えた手足の指、退化した習性を空想する−−「中空な地球」のカリカク家の人たち、ラヴクラフト主義の背教者、隠遁者、こそこそとして排他的な密輸業者、逃走した罪人、「エントロピー・ウォーズ」の後に身を隠すよう強いられたアナーキスト、「遺伝学的な清教徒主義」からの逃亡者、反体制の「中国の党」と、「イェロー・ターバン」の狂信者、インド人水夫の洞窟海賊、「スウェイトの入り江」や「ウォルグリーン海岸」そして「エゼル=フォードの国」に沿って行われる産業労働者のデモというプロレタリアの群から出てくる、青白く働きのない貧乏白人たち−−「穴居人たち」は、「自律ゾーン」の民族共有の記憶を二百年以上に渡って保ち続けてきたが、それは何時の日か再び立ち現れる神話なのである……道教、自由主義哲学、インドネシアの魔術、「洞窟の母(あるいは母たち)」のカルト、学者のある者がジャワ海の女神、または月の女神ロロ・キダルと同定し、学者のある者が「サウス・ポール・スター・セクト」の低位の神格としている「翡翠の女神」……(深い洞窟のピジン方言であるベハーサ・イングリスで書かれた)写本は、ニーチェと荘子からの滅茶苦茶な引用を含んでいる……時折行われる売買は、貴重な宝石とそして白いケシ、キノコ、何ダースもの異なった種類の「マジック」マッシュルームの栽培からなる……直径五マイルの、キノコと葛、黒い矮小な松が息苦しく密生した石筍のような小島を転々と浮かべた浅いエレボス湖は、あまりに広いので時には独特の気候条件をも備える洞窟の中にある……その町は、公式にはリトル・アメリカに属しているが、しかし住民の殆どは僅かな失業手当に頼って暮らす「穴居人」である−−深い洞窟の部族国家はその湖の真下にあるのだ。下層民、アーティスト、麻薬中毒者、魔術師、密輸業者、海外からの送金により暮らす人、そして変質者たちは、薄緑の蔓で半ば覆われた、ぼろぼろの玄武岩と合成建材で建てられたホテルに暮らし、その湖畔沿いには、むさ苦しい喫茶店の通り、武装した忍者が警護する宝石中央取引所、中国風のオキアミ麺の店、ゆっくりとしたフュージョン=ガムランの踊り手のために水晶のリボンで飾られたホール、電気的な深青色の午後にシンセサイザーの銅鑼と鉄琴の細波のような音に向かってムドラーを実践している少年たち……そして桟橋の下には恐らく、黒い波打ち際の散漫な水浴者たち、青白い老いた「穴居人」がキノコの粘液にトランス状態となり白目を剥いている市場の裏手の寺院を唖然と見上げる本当に安っぽい旅行者たち、重苦しい香の匂いを吸い込めばすべての事物は突然威嚇するように光り輝き、意味有りげに瞬く……水掻きのついた指の場合も多少はそうだが、儀式的乱交の噂はまこと真実である。わたしは、エレボス湖の向こう岸、「穴居人」の漁村の釣り餌屋の二階の貸間に暮らしていた……のどかなナマケモノと、肉欲的に奔放な倒錯的・迷信的な儀式、地中に住むミュータントの虐げられた「穴居人」の潜在的かつ不健全なミステリー、怠惰で甲斐性なしでやくざな田舎者たち……あまりにキリスト教的なため、突然変異とは無縁にして優生学的で秩序正しいリトル・アメリカ、そこでは、すべての人々が古代のソフトウェアとホログラフの肉体を備えない王国へと貶められながら生きており、大変ユークリッド主義的、ニュートン主義的、清潔で愛国的なのだ−−ロサンゼルスがこの無垢な不浄の魔術を、「精神的唯物論」を、弓のように張りつめた弧を描く純粋な生活を脈動させるダイナモ的な勃起を備えた、笑う花々のような秘密の洞窟少年のギャングたちの激しい欲望への隷属を、決して理解することはないだろう、そして、水の臭い、沼の泡、夜に咲く白い花、ジャスミンと朝鮮朝顔、尿、子供たちの湿った髪、精液と泥を……それらは、洞窟の聖霊の、恐らく今では肉体と物質の長いあいだ失われていた快楽を復活させることに努める悪魔として彷徨う古代のエイリアンの亡霊の所有物なのである。さもなければ、その「ゾーン」は既に生まれ変わり、既に自律同士の結びつきとなっているのであって、それは最も生き生きとした秘密の形をとったカオスの伝染性のビールスであり、暗闇で洞窟の少年たちが孤独に自慰していた地点に飛び跳ねる白い毒キノコなのである……

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